機械的解毒剤と性

⇒どうして世論は草なぎさんに寛容なのか？ - キリンが逆立ちしたピアス

⇒北原みのりの言っていることは変だ - 別館

広末涼子の「奇行報道」を私は思い出した。私は好んでは酒飲まないのであれだが、草なぎ剛の行為は「奇行」だろう。広末涼子のかつて報じられた行為がそうなら。しかし草なぎ剛のそれは「奇行」として受容されなかった。広末涼子のようには。

むろん、矛先が警察批判に向かったというのはあるし、それは当然。ただ、私は、逮捕の一報の認知的不協和に対する世論の納得として、草なぎ剛の行為が「奇行」と形容されなかったことについて考える。もちろん、そのこと自体は望ましいことと思う。ただ、それなら広末涼子の行為が「奇行」と形容されたのはなぜか。事務所の力関係、とかそういう話をしているのではない。

世論は、草なぎ剛の行為には引かないが、広末涼子の行為には引く。なぜ引かないかと言えば、彼が酒好きで酔っ払いだったから。そして、いかにも彼「らしい」話が報じられたから。逮捕が一報された当初の認知的不協和は「酔っ払いの愚行」として認知を補正され解消された。そのこと自体は構わない。ただ、広末涼子の行為に対して世論が認知を補正した結果が「奇行」の形容とその受容であったことを思うと、一抹の感慨はある。

「酔っ払いの愚行」を許される者と許されない者がある。許される性と許されない性がある、とまでは言わないが、世論が草なぎ剛の行為に対して認知を補正して納得し、広末涼子の行為に対して認知を補正して改めて引いたことについて、つまり「奇行」として受容されたことについて、その背景を考える必要はあるだろう。「酔っ払いの愚行」として夜中の公園での全裸が納得されることの背景については。つまり、性という背景について。

むろん、本人の事情やその背景の話ではない。しかし、本人の事情やその背景を世論が斟酌した結果「アイドルだって人間」ということにおいて認知は補正されその不協和は解消される。そして、認知の補正の結果、一方が「酔っ払いの愚行」として世論に受容され一方が「奇行」として世論に受容されることが、端的にgender問題という話。

最近、私的な別の件で改めて思ったことだが（後で書くかも）、認知的不協和それ自体が問題なのではなくて、不協和に対する認知の補正のプロセスと着地点が問題で、そのケースバイケースが浮かび上がらせる事柄がある。典型的に差別問題がそうだけど、不協和の発生に対して、認知の補正のプロセスに私たちがコミットすることは、大事なことだ。

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THE WRONG GOODBYE―ロング・グッドバイ (角川文庫)

「現代生活はしばしば人に機械的抑圧を加える。酒はその唯一の機械的解毒剤なのである。」とは矢作俊彦が『THE WRONG GOODBYE』の巻頭に引いたヘミングウェイの言葉だけど、この箴言に同意する酒飲みは多い。そして――多忙を極める草なぎ君は機械的解毒剤が効きすぎた、と。

そのこと自体はまったく構わない。ただ、これが広末涼子だと、なぜか問題は現代生活の機械的抑圧の話にはならない。当時もみなそう思っていたわけだが、アイドルの性的抑圧の話になる。「奇行」と形容することがそういう話でないとは言わせない。ピーウィー・ハーマンことポール・ルーベンスのあれだって「奇行」だろう。復活を嬉しく思っていたらああなったが。

草なぎ剛だってアイドルとしての性的抑圧を抱えていたのかも知れない――行為に鑑みれば。しかしそのような話にはならず、酔っ払いの愚行として、世論の認知は補正された。gender問題と私は思うけど、むろん本人に対して含むところはない。広末同様に普通にファンなので、広末がカムバックを遂げたように、頑張ってほしいと、大きなお世話ながら思う。復帰の後に残される置き土産は、夜中の公園での全裸を「奇行」へと着地させない認知の補正条件として機械的解毒剤があること。シラフで逮捕されていたら、世論の反応も違っただろう。

私は好んでは酒飲まないのであれだが、機械的解毒剤は夜中の公園と自宅を近代的主体において区別させないものか。現代生活が人に加える機械的抑圧の機械的解毒剤は、さはさりながら、現代生活が人に加える性的抑圧の解毒剤としても「機械的に」効くから、脱いで己を解き放つ男性が多い。ロレンス的な意味で。

「現代生活が人に加える性的抑圧を機械的に解毒」しているのだろう、主観的には。だからそれが他者に対する暴力という話だが。現代生活が人に加える性的抑圧の機械的解毒剤として酒を捉える人は、ハラスメントどころか犯罪予備軍であることを自覚していただきたいとは思う。私個人としては、三島由紀夫的な意味で、見るに耐える裸を持ってこいと思う。

草なぎ剛の行為に対して、現代生活が人に加える性的抑圧の機械的解毒を見出すのは、彼がアイドルであることを理由とする穿った視線だろう。なら、アイドル広末涼子に対して穿った視線を向ける必要もなかった。それが、gender問題ということ。

現代生活が人に加える性的抑圧の機械的解毒剤として酒を捉えることそれ自体が、男性女性の別なく問題であり、そしてそのように酒を捉える人に男性が多いのは、genderの非対称性が決定的に関係している。現代生活が人に加える性的抑圧は問題だが、その解毒に酒を借りることはそれが機械的であるがゆえに暴力的だ。矢作俊彦は、道徳を嫌ったが、そのような野蛮な酒を、唾棄している。文明の意義とは何かってこと。

帰って来たヨッパライ

完訳チャタレイ夫人の恋人 (新潮文庫)