id:pbhさんへ

Britty 2009/02/16 13:44


言及ありがとうございます。


当事者として、これはたんなるブログ上の一回性のサジェスチョンではないということを指摘しておきます。このブログのあと、ほぼ半日に一度「おまえが寛容であれば問題にはならない」「自分のこの言説はセカンドレイプではない」というのをはてなメッセージで送ってきます。つまり誰がよむかわからない形でどこかに書くのではなく、わたしに直接のコミュニケーションを求める形でこのことをいってくる。


最初の一回については、すでに抗議していましたが、そのあとでも反復性があることから、当初の問題よりもっと悪質であると感じています。

他意がないということ - 地を這う難破船


コメントありがとうございます。


idコールについてもpbhさんに「他意はない」と思います。だからそれが大問題、という話ですが。idコールが敬称と自動的な言及連絡である、という話は通らない。「サジェスチョン」とは皮肉で用いた表現です。pbhさんはそのつもりでしょうが、という。「サジェスチョンのつもり」で済む話ではない、ということです。先方に了解がなければ反復はされると思います。

■■■

pbh 読んだ。が正直よく判らない。(後略)

はてなブックマーク - 他意がないということ - 地を這う難破船

また無原罪とかバカにされんだろうけど
どんだけ捻くれれば「○○じゃなきゃよかった」=「○○じゃないお前が悪い」て読み替えできるんだと不思議で成らん。これはガチ。
その発言が無意味であるかも知れない事は認めるが。
常に正確に発言すべき事だけ発言できる機械になりたいとは確かに思う。
以前共感はウザいと発言したが、ウザくったって迷惑だってそいつは誰かの事を心配して発言してんだろうがよ。その心配は踏みじにるべきではないとボクは思う。

http://d.hatena.ne.jp/hygienic/20090216/1234754656#c1234795091


以下、当該の、idコールを含んだコメント(引用者の判断でidコールを外しました)について、pbhさんに対して説明したく思います。削除要求の妥当性についても。

1)「相手の性的嫌がらせだと言う表明が本当かどうか確認したい」については今回に限らず自分の常識で信じ難い主張をされているものに関しては常に、です。「セクハラ」に限ったことでもないです。
今回に関しては「攻撃」ではなく「ネタではないか」って思いましたのよ。


2)「文面読んで普通わからないですか?」について。普通判るの?ひょっとしたら今回の2者が知らないトコで確執あったかもしれないし、クネクネしてたかもしれない。
ボクは汚いインターネットの住人なのでekkenのコメントを普通に「って誤読されかねね?」って指摘と思ったので、それを「性的嫌がらせ」と受け取った事の方を「先ず疑った」訳です。
それがネタでもセクハラを利用した攻撃でもないことはBrittyの追記を読むまで判断できませんでしたよ。
天然かもしれんし、性悪説を信じてるのかもしれない。


二次被害だし塩を塗ってるのは多分その通りなんだろうけど上記の
「そんな格好で歩いてなかったらレイプされずにすんだのに」
を例に言うと、ボクはこの主張に「だからお前が悪い」を込められない。こういう事を言うと被害者の人がそう誤解しちゃうかも知れないということは理解するけども。
この点については、どうしてこの発言のみで「だからお前が悪い」が導き出されるのか本当に判らない。寧ろ被害者に自己同一化したしちゃった故の発言なんじゃないの?って思うケースもある。てのが片付かないからこゆうっかり発言もなくならないのかと('A`)。


セクハラの定義の「相手の意志に反して不快や不安な状態に追い込」んでると認定するのは被害者側って事で良いんですよね?

我慢しろ、寛容/鈍感になれば不幸は減ると説くpbhは新手の伝道師かw - 消毒しましょ!

1.

pbhさんが当初覚えた「認知的不協和」については了解しますが、それはたぶんにジェンダーバイアスの問題と私も思いますが、そもそも「認知的不協和」の問題ではないから「性的いやがらせ」を被害当事者は公に指摘し告発したのです。私が知る限り、pbhさんはネットで性的な軽口を叩く人ではない。にもかかわらずネタを疑いそのことを被害当事者に対して直接に記したのは「認知的不協和」ゆえのこと、というのはわかりますが、ネタでないと知って改めて被害告発者の繊細を指摘することは「認知的不協和」の問題ではありません。


「認知的不協和」が解消されて為される言及が被害告発者に対する繊細の指摘と寛容の勧めであるなら、pbhさんはそのように「認知的不協和」を解消した、ということです。そう受け取られて当然のことです。被害を主張する当事者の認知の問題と公に見なした、と。当事者が被害を告発する行為を告発者の認知の問題へと還元して為される「サジェスチョン」は、被害それ自体に対する懐疑の表明をしか意味しません。


pbhさんが当事者の被害告発に対して「認知的不協和」を覚えた段階で、即被害告発に対する懐疑を表明することが、そもそも論外であり、そして被害告発がネタでないと了解して「認知的不協和」が解消された結果、告発者の認知の問題を指摘するなら、被害告発に対する懐疑がpbhさんにおいて前提としてある、ということです。それは、被害感情の存在に対する懐疑表明を意味します。


極めつけの問題は、そのことを当事者の被害告発行為に対して再三直接に指摘することです。その指摘は間違っており、そしてそれは――「セカンドレイプ」に準じる行為です。私にはpbhさんを責める筋合はない。問題の所在について理解してください、ということです。付け加えると、私も汚いインターネットの住人ですが、ekkenさんの当該のブックマークコメントについてはリンクを辿って一読「うへえ」と思いましたよ。「ekkenさんだから」と私は思いましたが、それは私が思っただけのことで、また私は思ったことをその場でそのまま書くわけではない。性的いやがらせの指摘と被害告発は至極妥当です。「スルー力」は他人が勧めることではない。

2.

再度引用。

どんだけ捻くれれば「○○じゃなきゃよかった」=「○○じゃないお前が悪い」て読み替えできるんだと不思議で成らん。これはガチ。
その発言が無意味であるかも知れない事は認めるが。

二次被害だし塩を塗ってるのは多分その通りなんだろうけど上記の
「そんな格好で歩いてなかったらレイプされずにすんだのに」
を例に言うと、ボクはこの主張に「だからお前が悪い」を込められない。こういう事を言うと被害者の人がそう誤解しちゃうかも知れないということは理解するけども。
この点については、どうしてこの発言のみで「だからお前が悪い」が導き出されるのか本当に判らない。寧ろ被害者に自己同一化したしちゃった故の発言なんじゃないの?って思うケースもある。てのが片付かないからこゆうっかり発言もなくならないのかと('A`)。


「本当に判らない」ことと「こゆうっかり発言もなくならない」ことの連関がわかりかねます。「反復性」とはこういうことです。これをidコールによって被害当事者に直接伝える以上は、被害当事者の削除要求は当然のことと思います。むろん、要求に応じるべき、という話ではありませんが。削除要求それ自体が行き過ぎた行為とは私は思わない。


pbhさんが「本当に判らない」ことと被害当事者がそうではないことは「うっかり発言もなくならない」ことの理由にはなりません。そして、当事者の被害感情が最初に存在する問題である以上、pbhさんが「本当に判らない」ことはその発言が妥当であることの理由にはまったくならない。「pbhさんが妥当と考えている」という話でしかない、ということです。


そして当事者の被害感情が最初に存在する問題である以上、その被害感情の真を疑うのでないなら――つまりpbhさんは当初疑ったわけですが、そして疑ったことを「認知的不協和」の問題としたわけですが――「pbhさんが妥当と考えている」発言とその表明を担保するものは何か。むろん、pbhさんが主張しておられる、汚いインターネットの自由の原則です。そのことには私は同意します、が、しかしそれは当事者の被害感情が最初に存在する問題について、被害当事者に対して直接「pbhさんが妥当と考えている発言」を伝えることを担保するものではない。つまり、それが「セカンドレイプ」なのです。


当事者の被害感情が最初に存在する問題について、被害当事者に対して直接「pbhさんが妥当と考えている発言」を伝えることを担保しているのは、被害感情に対するpbhさんの懐疑ではないか。表明された被害感情に対するpbhさんの懐疑は「認知的不協和」の問題ではなく、pbhさんはその懐疑を最初から結論してしまっているし、その結論を事実上表明している。再三に亘って。


「他意がない」とは、それこそhygienicさんの言う通り「悪意がない」ということであって、そういうことでしかない。表明された被害感情に対する懐疑をpbhさんは事実上表明しており、それを当初自身の「認知的不協和」の問題として、続いて被害告発者の認知の問題として再三指摘している。当事者の被害感情が最初に存在する問題について、被害当事者に直接伝える形で。率直に言って、その行為が「セカンドレイプ」でないなら「セカンドレイプ」という概念には意味がない。「セカンドレイプ」という概念それ自体に対して懐疑的な人は今でも多いだろうけれど。むろん、pbhさんがそうということではないけれど。

3.

再々引用。

どんだけ捻くれれば「○○じゃなきゃよかった」=「○○じゃないお前が悪い」て読み替えできるんだ

「そんな格好で歩いてなかったらレイプされずにすんだのに」
を例に言うと、ボクはこの主張に「だからお前が悪い」を込められない。こういう事を言うと被害者の人がそう誤解しちゃうかも知れないということは理解するけども。
この点については、どうしてこの発言のみで「だからお前が悪い」が導き出されるのか本当に判らない。


pbhさんが「込められない」ことは了解します。その真についても。というか、はてなidがpbhさんはスタンスに裏表がない率直な人、というのが私の印象です。他意がない、とはそういうことでもあります。pbhさんは他人を責めることに関心がない。そのこと自体は素敵なことです。が。


pbhさんが「込められない」ことと、その主張が「被害者の人」に対する被害感情の表明の抑圧として機能することは、別です。そして、強調すべきことなので繰り返しますが、レイプにせよ「性的いやがらせ」にせよ性暴力全般において、当事者の被害感情が最初に存在する問題であり、当事者の被害感情が最初に存在するためには当事者による被害感情の表明が必要であり、被害感情の存在について疑っているのでないなら、被害感情の表明の抑圧として機能する主張は、当事者の被害感情が最初に存在する問題に対してはその表明について留保されて然るべきです。留保されないなら、その主張は問題に対するちゃぶ台返しに等しい。ちゃぶ台を返したい人がいるわけです。pbhさんはそうではないと私は思うから「他意がない」と書きました。


被害が存在する問題について、被害当事者に対して、被害と因果付けして公に注文する行為は、普通に暴力です。前提です。暴力として機能する、ということであって、pbhさんが「「だからお前が悪い」を込められない」ことの問題ではない。pbhさんは注文を被害当事者に対して直接伝えている。そしてそもそもpbhさんは「客観的な」被害の存在に対する懐疑を再三表明している。


「セクハラは受け手の判断のみで成立しちゃう」「受け手側が寛容に/鈍感になればこの手の不幸は減るかもね」とは、被害の存在を主観の問題と見なしてそう結論付けていると私は受け取りました。認知とその不協和の問題である、と。むろん「性的いやがらせ」における、ひいては性暴力全般における被害の存在は主観の問題でも認知とその不協和の問題でもありません。被害の存在の「客観的な」証明が困難であることとそのことは結ばれない。そのことを指摘するために先のエントリを書きました。


「よく判らない」ならこう書きましょう。「性的いやがらせ」における被害の存在が主観の問題であり認知とその不協和の問題であるとしても、当事者の被害告発があるとき、pbhさんの主観とそれに基づく「サジェスチョン」の出る幕はないし、認知の問題に還元することにより当事者の被害告発を相殺することは「セカンドレイプ」でもある。そして、「性的いやがらせ」における被害の存在の「客観的な」証明が時に困難であるからこそ、主観の問題や認知とその不協和の問題へと還元してはならない。なぜなら、それは当事者の被害感情の表明によってのみ存在する被害を、事実上抹殺することだからです。


「だからお前が悪い」を込めようが込めまいが、被害の告発に対して被害と因果付けして当事者に注文を付けることは、被害の告発を相殺し抑圧する行為です。それを他意なくしているなら厄介です。そして、そのことを被害告発者に対して直接伝えているのは、被害の存在に対する懐疑ゆえに、被害の告発に対して自身の主観と認知を主張しあまつさえ告発者の主観と認知を質しているのではないか。私でさえそう穿つのだから、被害当事者がそう受け取ってまったく妥当です。反復性に照らして悪質と判断することも。