戦前と戦後の接続において国家の国民の戦後的な再生に流産した日本において「美しい国」が国家と国民の戦後的な再生を志向したという笑えない話


南京否定論のプロパガンダが成功するわけと北風と太陽 - smectic_gの日記


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んー……。


以下、毎度のごとく、「思想史家」ならざる者の大変に大雑把な議論と断る。

自分も理性では肯定派がもっともな主張をしてるのはわかるんだけど,正直,肯定派が南京大虐殺について書く文章を読んでいると感情的な面で処理できないことが多い.


何で処理できないかを考えるために,身内で悪いことをした人間が出たときを考える(さらに,「落とし前つけろやー」と叫びながら扉をどんどんと叩いてくると).これに対してどう処理するかを考えると,


先ず。「身内意識」の問題、というのが論点として在る。

  1. 忘れる.ないしは,責任については無視する
  2. 悪いことなどしていないと主張する
  3. 悪いことをした人間は身内ではないと定義し直す
  4. 悪いことをした人間を,正当な方法で償わせる
  5. 悪いことをしたことは認めるが,やむにやまれぬ理由があってしたのだと信じる
  6. 悪いことをしたと認めて,連帯して責任を取る


という風に場合わけ出来ると思う.(他にもあると思うけど)で,(6)の合理化手法をとれる人間(非常に強い人間だと思いますが)は非常に限られるのではないかと思う.


(6)の「悪いことをしたと認めて,連帯して責任を取る」というのは、所謂「一億総懺悔」の謂か。⇒一億総懺悔 - Google 検索 むろん。「一億総懺悔」は「連帯」でも「責任を取る」でもない。評価を措いても、敗戦直後のことである。「日本国民としての連帯責任」ということを示しているのだと思う。が。


問題は。「一億総懺悔」の後。現在の「60年前の戦争に責任なき」日本国民としての個人が、現在において、「父祖たち」が「悪いことをしたと認めて」、「父祖たち」の為した「悪事」に対して「連帯して責任を取る」ことが、はたして可能であるか、ということ。


「悪事」とする評価をめぐって言挙げが頻繁に為されることは、「60年前の戦争に責任なき」日本国民としての個人と「父祖たち」が「連帯」することの困難と不可能性を由来とする。すなわち。戦前と戦後の政治的な切断に由来する。

ドイツの戦後処理は基本的には(3),あとは(4)に基づいてるように見える.ホロコーストを否定する言論を法律で禁止したり,鉤十字を禁止しすぎて一歩間違うと卍まで規制されかねなかったり.日本人から見るとおまえら結局ナチスを選挙で選んだんだからナチスを悪役扱いして処理するのどうよとか思うけど,その議論を許容してしまうと(3)の方法が使えなくなるから困る*2.他の処理法は(1)をとれるほど時間が経っているわけでもなく,(2),(5)は被害者から認められるとは思えないし,(6)は全員そのように処理できるわけではないから国としての解決策としては不足ということになる.


「戦後処理」とはすなわち政治的な「処理」の問題であることに尽きる。それは一面において真実ではある。ことに「被害者」含めて「対外的」には。宮台先生も「手打ち」とかそういうことを言っていたような。ただ。


「西独」に限定しても、ドイツ国内の葛藤というものは所在した。「ドイツの戦後処理」に対して、私たちがそのことを殊更に言挙げないのは、戦後において、日本国内の、政治的な「処理」に尽きることない葛藤が、ドイツのことを「どうよとか思」えない程度には所在したことを知っており、それがいまなお続いていることを知っているため。


2004-10-29


上記記事が在ることを前提に、かつ感謝して、雑駁かつ端的に述べる。



ピーター・オトゥールが素晴らしすぎる上記映画にも示されてある通り。「西独」の事情に限定しても、ドイツにおいて戦後、戦前的なものが、すなわちナチス的なるものが、残存し存続した。人的にも、価値的にも。戦争犯罪人あるいは直接的な虐殺加担者としてのSS関係者は多く表舞台から姿を消したが、公職追放こそあれ、すべての旧ナチス党員が裁きを受けたわけでも、まして虐殺加担者として責を厳しく問われたわけでもない。


ヨーロッパにおいてひいてはドイツにおいて「一億総懺悔」は成立しない。その結果が姿勢としてのいわば(4)であり、また(3)を日本において誤解させる因となる。というか。「悪いことをした人間は身内ではないと定義し直す」の意味がわからない。

エアハルト、キージンガーの時代になると、国民の間では既に「ナチスの犯罪追及」に対して厭う動きが出てくる。当然のことだが、過去の「戦争責任」を追及されることは、その当人にとって簡単に許容できることではない。たとえばナチス犯罪の時効問題が焦点になってくるのもこの時代であった。このときは61年から始まった「アイヒマン裁判」の影響もあって時効の延長が決定されたが、79年には再び問題となり、結局33票という僅差でナチス犯罪の時効の無期限停止が決定されることになる。


時効問題に際して、世論は真っ二つに分かれた。そこには「もう終わりにしたい」当事者世代に対して、ナチズムを絶対悪として追及する戦後世代という差が見られた。

・1969年〜1982年 SPD政権―ブラント、シュミットの時代


1969年に首相になったブラントは、そういった戦後世代をある意味では代表していたと言えるのかもしれない。彼は就任演説で、歴代首相の中でもっとも明確にナチス時代の歴史を「断罪」し、また一方で現在の国民はその責任を引き受けるべきであると述べた。それはまた内容において、有名な1985年のヴァイツゼッカー大統領による「荒野の40年」演説を先取りするものであった。


敗戦直後の社会構成上の事情における、「悪の限りを尽くした」戦前的なものの、人的かつ価値的な存続に対して、「戦争が終わってぼくらは生まれた。戦争を知らずにぼくらは育った」な、戦後世代による、戦前的なものに対する戦後的な決済が、社会構成の変革を志向して行われた。


それは。西ドイツにおける、戦後世代を軸とした国民運動としての、国家の国民の戦後的な再生を志向しての「戦前的なものに対する戦後的な決済」でもあった。決済に際して、ドイツは戦前的な「悪」を、厳格にも「法」において決済した。すなわち「悪いことをした人間を,正当な方法で償わせ」た。翻って日本は。


いうまでもなく。斯様な事情はその事情においては戦後日本と相似である。GHQ戦勝国アメリカの介在を前提とする戦後の社会構成上の事情における、戦前的なものの、人的かつ価値的な存続に対して、戦後世代による、戦前的なものに対する戦後的な決済が、社会構成の変革を志向して行われた。しかし。相似以上に、決定的な、差異が在る。


第一に。日本における新左翼は「国民運動」を志向せず、国家の否定と国民意識の否定を志向した。すなわち、西独のようには、国家の国民の戦後的な再生を必ずしも志向しなかった。島国日本にベルリンの壁は存在することなかった。幸いにも。ヴェンダースの美しくも悲しい映画が生れるはずもない。沖縄のことはむろん忘れた。今は反省している、と人々は言っている。


第二に。「戦後的なものによる戦前的なものの断罪」が社会的な機構において決済されることなく、すなわち、「法」において決済されない戦前的な「悪」は、法や社会機構の問題ならず、倫理道徳の問題としてのみ問われ言挙げされ結果画定された。


第三に。戦後日本社会において、戦前的なものが「悪の限りを尽くした」と画定するには、「悪」の観念を社会において画定するべきであったがいうまでもなく無理だった。


結論だけ書いておくと。「戦前的なものに対する戦後的な決済」が、一義に、「戦前的なもの」の代表として示された左翼に対する攻撃として機能した。


かくて。


戦前的なものはそもそも「悪」であったか。「悪」は法と社会機構の問題であるか倫理道徳の問題であるか。国家の国民の戦後的な再生を志向して「悪」を社会的な単位において画定することの意義とは何か――「痛みを伴」ってまで。「悪」を「私たち」が「国民」として断ずるとはどのようなことか。


斯様な回答を前提しない言挙げとしての問いと共に。「身内で悪いことをした人間が出たときを考える(さらに,「落とし前つけろやー」と叫びながら扉をどんどんと叩いてくると).」という発想が前景化し、共同性における「身内意識」が問題の「処理」に際して全面化する。現在に及んで。

じゃあ,日本はどうかと言うと恐ろしいほどに悪役がいない.せいぜい,各軍首脳部は悪役に出来そうだし,現にA級戦犯として悪役に出来た.でも,今問題になってる話ってホロコーストと違ってその悪役がいなくてもおきそうな話ばかり.たとえば,南京大虐殺は南京の中国人は虐殺すべきと首脳部から直接指令書が来て実行したなら良いんだけど,そういうわけでもないらしい(否定派の皆さんないんですよねw).慰安婦にいたっては正式な命令書がないと来てる(なんですよね?否定派の皆さんw).


悪役からの命令書がなくてもナチのSSのように志願した人たちが,悪事を働きまくったのならそいつを悪役にしてしまうことは出来る.でも,南京で大虐殺をした人たちって基本的には徴兵された人たちなわけで,運悪くその時代に生まれてたら自分もその中にいかねない.そう考えるとそいつは身内ではないとして処理するのは(少なくとも自分には)出来ない.結果,(2)と(5)のスタンス以外はとれないことになる.


もちろん,強姦とか明らかに無抵抗な人間の殺害は(5)の方法で合理化することは出来ない.軍法会議なりできちんと処理されていれば良かったのだけど(つまり,(4)の方法),そうではないようなのでこれに関しては(2)の立場をとらざるを得ない.穏健的否定派が便衣兵にこだわる理由はそこにある.


「悪役」であって「悪人」でない。悪人ならざる者たちが構造的に悪を為した。大筋において違いない、と見なすとき、悪の所在を那辺に見出し問うべきか。敗戦直後において、丸山眞男はかかる問いの解を「無責任の体系」に見出した。翻って、ニュルンベルク裁判の被告たちを「悪人」として「半ば肯定的に」参照する。日本の権力機構が、社会機構が、西欧的な「責任と主体」の観念を欠いているとして。


日本における「戦後責任」の議論とは、そのことを基点ともする。そして。現在をなお貫く。無謀な戦争へと突き進んだ「悪」が「無責任の体系」という構造に「こそ」所在する。60年前の認識に対して「誰を悪役にしてしまうか」という議論が示されることを、すさまじい反動、とも私は思ってしまう。というか、つまりは人身御供か。政治的な「処理」において「対外的」に差し出すための。


上記引用、私には「ネグって」いるとも映るのだけれども。「悪役」の対象に天皇という選択肢はないのか。なかったか。彼の人はマッカーサーに対してかく申し述べたと、巷間伝えられている。先帝が「志願し」て現人神になったか、即位したか知らない。つまり。そもそもそういう問題ではない。斯様な決済においてこそ「無責任の体系」の悲劇と難儀が在った。だから、と私は接続するが。彼の人は、一身をもって戦後日本を生きた。そして。そのことが、現在もなお、私たちを貫いている。


戦後世代を軸とした国民運動としての、国家の国民の戦後的な再生を志向しての「戦前的なものに対する戦後的な決済」が、日本において脱臼し頓挫することの必然を、私は思う。


第一に。日本において戦前と戦後は連続している。「対外的」にかく映るだろうことはいうまでもない。一義に、形式たる法と社会機構の問題。江藤淳が問い続けたように「戦後の社会構成上の事情」が、私たちの現在を、抜き難く規定している。人的にも社会的にも価値的にも。そのことを「欺瞞」と見なしたのが「ナショナリスト江藤淳であり、続く福田和也である。そして。斯様な「私たちの現在」を肯定して居直るのが世相。「右翼」を含めて。「本掛がえり」は幻影である。


第二に。「戦後的なものによる戦前的なものの断罪」とは、ひいては戦前的なものに対する戦後的な決済とは、常なる「現在」の身振りにして政治的風潮でしかなく、非米活動調査委員会におけるリリアン・ヘルマンの有名な言葉を借りるなら「良心を今年の流行に合わせて裁断するようなこと」でしかない、と示してきたのが、福田恒存らを筆頭とする戦後日本の「保守主義者」であり、斯様な言説が説得的に機能する状況が所在した。


「戦後の思想空間」とは「今年の流行」の謂でしかない。小林秀雄本居宣長へと至ったのはなぜか。「本掛がえり」ゆえのことでないのはいうまでもない。(余談。福田恒存は気合の入った『本居宣長』読了記を記している。しかし。『批評空間』における久野収インタビューによると、小林秀雄曰く、丸山眞男君が『本居宣長』について長い手紙をしたためてくれて、それが自分の目にした『宣長』の感想で一番面白かった、と。至極興味深い、が、「手紙」の文面が公にされることはないだろう)。


第三に。「戦後的なものによる戦前的なものの断罪」が、社会的な機構において決済されることなく、「法」において決済されないがゆえに、社会機構の問題ならず、倫理道徳の問題としてのみ戦前的な「悪」が問われ言挙げされ結果画定されたことに対する批判的な指摘が、新左翼において所在した。「戦後的なものによる戦前的なものの断罪」とはスターリニズム的な粛清の諸相でしかない、と。


批判の結果が、倫理道徳を単位とする政治主義の否定/忌避にして、断罪の否定/忌避として現れる。吉本隆明がいまなお攻撃されもするはずだ、と左翼でない私は思うだけであるが。スターリニズム批判において、他に対する倫理的断罪はソフト・スターリニズムである。斯様な戦後日本のコンテクストは現在を規定している。冷戦の終わりをとうに越えてなお。「遅れてきた吉本主義者」の私は、倫理道徳の問題が政治性の問題として現れることに対して批判的である。


そして。「倫理道徳の問題が政治性の問題として現れること」の問題こそが、戦後日本の「現在」の問題であり、そのことに対する批判、に所在する問題が、「南京事件」をめぐる議論を含めた、戦争犯罪に対する「歴史修正主義」の問題として、決定的に在る。


『ユゴ』という韓国映画が上映中で。観に行こうと思いつつ行けていない。「確認して」から書くべきことと思うので手短に記すが。


http://www.cinemart.co.jp/yugo/


映画評でも知られる著名なコラムニストが紹介していた。その人の長年のファンでもある私は観に行こうと思った、が、その人は紹介の中で次のように記す。


映画中にて、暗殺される直前の朴正煕が、酒宴の席において、側近たちと日本語で話している(確かに、予告スポットに、側近たちとの酒席に呼ばれて日本の歌を歌う女の姿があった)。1946年生れ、早稲田において「闘争の季節」を経たコラムニストは言う。大意。韓国大統領が酒席にて側近たちと日本語で話すシーンに驚いた、監督は、いったいどのような気分をこめて、朴正煕に日本語を喋らせたのだろう、と。


当該の映画を観ていないのであるからはっきりとは言えないことであるが。私はそのくだりを読んで思わず突っ込んだ。いや、中野翠さん、それは「気分」の問題ではないです。


朴正煕 - Wikipedia


日帝強占下反民族行為真相糾明に関する特別法 - Wikipedia


盧武鉉 - Wikipedia


つまり。そういうこと。韓国には韓国の、植民地統治下以来の事情とコンテクストが現在に及んで在る。素でわからないのは。「嫌韓」を公言する人は、斯様な事情とコンテクストを了解したうえか。私も、「反日」は韓国の国是、とか、つまらない冗談としてなら言うが。その背景事情とコンテクストを知る。「反日」の国是の内実を。


知る限り、戦後日本において何を言えるだろうか。自国の何も清算されることなく、忘却と空洞と反復が「現在」において昂進する。宮台先生の嘆きは正しい。彼の国における「歴史見直し」が、「革新勢力」出身の、「構造改革路線」を推し進める、「386世代を中心的な支持基盤とする」「初めての日本統治時代を経験していない世代の大統領」のもとにおいて行われていることは、不可解なことではまったくない。

結局南京否定論は真実ではないといくら叩いても,(ある種の人間は)心の底では(2)ないしは(5)のスタンスしかとれないのだから(2)を主張しなくなるだけで,はいはいうなずきながら心の中で(5)を信じるようになる.(もしくは(1) )もちろん,南京否定論を捨てて(6)や(3)に移行することは(ほぼ)ない.この状況での解決策は

  • ぐだぐだと千年くらいすごして(1)に移行する
  • 悪役を見つけて(3)に移行させる
  • (5)なのだけど,双方(日本と被害国の国民)が許容できる落とし所を見つける.*3


くらいしか思いつかない.


――「落とし所」か。見つかるのかな。「被害国の国民」も中国共産党も措いて、国内問題として考えても。韓国の国内問題を日本国民の誰が笑えるだろうか。私は最近つくづく思う。加藤典洋が示した問題提起は、10年の時を経て、なお、「現在」の私たちを刺し貫いている。ヘーゲル主義の成立しない世界において、歴史は前進も発展もしない。それを「戦後」という。


であるから。簡単に「情況」をまとめてしまうことが遺漏/隠蔽するものがあると。私のこの記事も含めて。