生活と感情を分かち合うということ

 だが、人間は、孤独になりたいという欲望を、心の底に抱いているものである。独りになれない苦痛を、私は昔警察の留置場や軍隊で、イヤというほど味わっている。もう警察に捕まる心配もなく、軍隊にとられる心配もなくなってからでも、その苦しさは骨身にしみていて、長く独りになれないと気が狂いそうになってしまう。居候のいる便宜などには換えられない。(文庫p51)


気まぐれ美術館 (新潮文庫)

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――と、↑において洲之内徹は記している。文中の「居候」とは、言うまでもなく洲之内に惚れて一方的に押しかけ部屋に居着いて生活観念なき中年男を世話する女のこと。少なくとも洲之内はそのように描写している。洲之内いわく「私のほうも、代々の居候諸氏にはずいぶんとお世話になった。(同p51)」。


東京に実家の在る私が独り暮らしをしている理由もまた、かくもダンディではないといえ、そういうことになる。あるいは。淀川長治が生涯を貫いて言葉にし続けてきたことと同様だ。時代背景あるといえ、対外的に「大きなお世話だ」で済ませることなく語り続けた淀長さんを、私は心より尊敬している。だから――機会ゆえ言葉にしてみよう。


ことに本とビデオテープを山と所有するかつてのオタクにとっては、東京番外地の公団があまりに狭すぎるという物理的な理由も大きく、またキレイ好き整頓好きの母親との軋轢の絶えなかったということもある。自室の用意してもらえるだけマシで、部屋に鍵なんて当然ないのだから。あと。愛憎に疲れ果て感情的に窒息したという理由も。私も含めて感情の振幅の元来大きいのね我が一家は。血のゆえか環境的なものなのか。


正負いずれであろうと、密室に密生した感情の茸を食って、日々生成する過去に規定された持続的な感情を担保して暮らしているというのは、家族や同棲者であればいずこも多かれ少なかれ同様であろうと私は個人的には思っている。だから――家に帰らなくなる夫や妻や子供の気持ちはとてもよくわかる。


幸いにして私は軍隊や留置場にて暮らしたことはないが、(ことに野郎ばかりの)集団生活の鬱陶しさについては身をもって知る。辟易したというのが、正直なところだ。


現実の近しい個人と自己との関係性を反映しそれらを養分として生成する感情の茸を食って、排泄物を眼前の当事者に直接に反映させて投射していると、それが負の感情の反映であった場合は先がなくなる。感情の茸を食って腹一杯にして長くもない一生が終わる。


君と同棲することは構わないけれども、俺の個人的な日常生活に一切干渉しないでね、ってそれは共同生活とは言わねー。というよりも、自らの小さな生活空間において、視界に生身の他人が映るということが私にとってはすでに干渉以外の何物でもないのであり、はっきり言って邪魔。


また。私が精神的には同性志向でありミソジナスであることは歴とした事実だが(だから実家を出た)、ゆえに私は他人としての女に母親を求めたことのない。もうちょっと厳密に言うと「母という自己意識」を個人的には他人に一切要請しない。言い換えるなら、生活のパートナーとしての異性というのは、い・ら・な・い。ケッコン?――ご冗談を。


家事含めた生活面については、単身者の私は最初から考慮も前提もしていない。生活者を云々しておきながら、私自身は日常において「生活」というものが皆無に等しい。なんつうか、荒涼としたまったく非文化的な凄惨な暮らしである。


ぶっちゃけ、私は自らが人間の形をしているということを信じていないし実感することのない。必要に即して対外的に誂えている。服の趣味がトラッドなのも必要のゆえ。必要だらけの渡世にてうんざりしているのであるから、プライベートにおいては人間の姿形をしていなくとも文句はあるまい、というか言わせない。こうして言葉に起こされた自己もまた対外的な誂えである。


文字通りの単身にて暮らしていると、家事以前に個人単位の生活というものを意思的に設計し運営して成立させる必要のなくなるし、いずれにせよ個人単位の小規模な生活は自転車操業を可能とする。


部屋に虫の沸くことが不快ならゴミは出す、食わないと死ぬけれども、食っていさえすれば死なない(身体は壊す)、暑さ寒さに死にかけたなら電気系統は動かす。アルコールとコーヒー。そして目覚まし時計とどこまで逝っても食うための仕事。


自らが殊更に不快と思うことなければ自室に留まる程度の虫など無問題以外の何物でもない。インドを見よ!(唐突)。私は、人生というのはそう長くもない不愉快であって、ゆえに、生老病死レベルの、しかし直接には自己の死活と関係なき不愉快に、身体的に生涯つきまとわれ続けて死んでいくものと考えている。


世俗に在る生者なら誰でもそうであろうと思うが、瑣末な不愉快から根源的な不愉快に至るまで、直接には自己の死活と関係なき不愉快が、日常と生活においてデフォルトであることを当然として生きている。自己の生活を意思的に構成するという概念が私にないのはたぶん、生活とその持続をまったく信じていないため。むろん、個人生活の諸相に接続する現実とその持続も。


で。生活というものは他人と部分的にであれ共有せんとするとき初めて現れ構成するよう迫られるものであるということ。他人と某かを持続的に分かち合おうとするなら、分かち合う対象を時に物質的に規定し構成しなければ話の始まることはない――感情も含めて。いや互いに相手のことを好き過ぎるがゆえに雪崩のように同棲を始める人が幾らもいることは知っているし結果オーライではあるけれども。私の場合は――ということ。


一応書いておくと、いわゆる御近所付き合いとは社会性と公共性の領域に属する事項であって、当方「対外的な誂え」をもって現実的に処理している。私的領域に持続的に介入する他人という、公共性なき社会的存在をめぐって拙文は記している。


要あるとき人は改めて自らの生活を構成的に意識し省みんと意思する。身体的な接触の容易であるのは、性において人は多く自らの身体を意思的に構成する要のないためである。


私は生活という観念/概念なきままに暮らし生きることをデフォとしている、というより個人的にはそれ以外の生き方/行き方というのが身体感覚としてわからない。生活なき者が他人と生活を分かち合うこと自体が無理筋なのであって、よって身体的に求むる他人は常に生活なき人間である。


身体機能の関係から性生活をも失ったなら、それは行き着く先は決まっていて、その決定済みの場所に現在の私は在る。苦痛でも快適でも特にない。ただ適当に不愉快なだけである。不愉快を緩和したいとは、時折思う。


独り暮らしは女を連れ込めると言われても、以上の記述によっておわかりの通り、少なくとも私のねぐらは女に限らず他人を招くという状況にはない。どこの塹壕かと。近年、モノに対する執着も薄れて、屋根とパソと布団があればよいかという結論に達した。


自己が自己であるという内的な固有性と同一性は自己の歴史的な所有物によって具体的に認証され維持されるとは限ることのない。万事は記憶と感情に在る。形なき記憶と感情との関係を取り結ぶ現実の「モノ」という方程式を、私はとうに必要とすることのなくなったようだ。


ふと見回して思う、このカオスな空間においてクリアな意識のまま休息する私の心持は混濁しているのかそれとも無頓着にして透明であるのか――と。離人症だ、というFAは、ナシよ。


阿部寛の『結婚できない男』ではないが、自己の確立された生活と感情を他に対して吝嗇する者が独身貴族を気取るけれども、生活と感情の浪費家もまた他人に対しては吝嗇なんだよね。自己の放埓にして無軌道な生活と感情を他から規定されることを真っ平と思うから――ましてや物理的/物質的には。


淀長さんもそうであったけれども、生活と感情の吝嗇家というのは、原則においてプライベートなそれを他と分かち合うことを、あるいは折衷することを、絶対に許さないのだよね。ゆえに私達は淀長さんの公的に提示した留保なき「愛」を信じたのであった――