食の悲しみ

 すべてのトピックそうだけど、まあ以下は一般論です。


 なかなか考察しがいのある違和感を感じた。単に不愉快だったのだが。


 年長者数名と話していた。資料として詳記すれば、世間では中年と呼ばれる年齢の人たちである。友人なのだが。


 彼らは私も知る知人を軽い調子で揶揄していた。むろんその場にはいない。
 何をって?  
 その知人の味痴ぶりを。
 家に招かれたとき「僕の想い出の味」と言って、ありえないものを食わされたそうだ。
 苦情惨澹。
 その具体的な「料理」(とは到底言えない)の内容を聞いて、さすがに私も悲しくなった。


 で、彼らの話は一般論へと敷衍される。というか味痴論。
 食文化の土地関西で、舌の感覚をセンシティブに成熟させてきた彼らは、ここ東京で、あるいは周縁的な僻地で、そのあまりに鈍感な大衆の味覚と、それにつけこみあぐらをかく駄商売どもに、いわばサジを投げる。
 いや別に彼らは料理人ではない、が事実腕前は相当のものだ。
 それは技巧というよりも、舌の感受性と食への意欲が支えるのだという。


 友人の言、以下大意要約。
 自分の若き日、地方の人家を訪ねて驚いたのは、調味料の種類がまるでないことだ。三世帯家族が暮らす家なのに、胡椒すらなかったりする。かろうじて存在する塩や醤油さえも、単なる市販品。
 別に平凡な家庭料理でも、ちょっと調理法や調味料に工夫を加えれば、奥行きある複雑な味わいに変えることができるのに……あまりにも舌と感性が、粗雑で貧乏だ。
 同じく若き日、地元(関西ではない「周縁的」な地方。県庁所在地だが)に初めてイタ飯屋ができたとき、客の高校生は、テーブルサイドのタバスコが何だかわからず、スパゲッティにドボドボにかけて、顔から火を出しながら、それでもこれが「イタ飯」の標準だと思って頬張っていた。つまり彼の家にはタバスコが天地開闢以来ない。
 そして数日後、店のタバスコのビンには「すごく辛いソース」と張り紙がされていた。
 天地開闢以来タバスコなるものの存在を知り得なかった客が、ほかにも多数いたものと思われる。


 俗に「飯場飯」「土方食い」と言う。山谷方面などにいらっしゃられる方の食生活と食への姿勢だ。そういう味の嗜好と味覚と食いかたが、つまりそのジャンクな粗雑さが、彼らの軽蔑の対象となるらしい。
 別に彼らは職業差別をしているわけではない。要は「文化」と「品性」の話をしているのだった。


 余計な誤解を避けるために、単に事実の提示として述べるが、彼らは階級的な意味でブルジョワというわけではない。教養人ではあるが。


 さて彼らの見解はあなたのカンに触るか。
 私は触った。


 むろん、ブルジョワでない奴にあるいは貴族的でない奴にンな能書きを足れる資格はない、たとえばだが、福田和也菊地成孔ならそーゆーイヤミな見解を述べても構わないが、などという話ではない。
 そんなことはどーでもいい。


 私は実家にいた頃は、料理マニアの父のメチャクチャに美味く量も莫大な手料理を家族とともに毎晩たいらげていた。おかげで太った。


 さて今は。日に2食、チンするパック御飯に油ものの惣菜に缶チューハイにスナック菓子、終了。コンビニエントの極限のような食生活、おかげでもとの長身痩躯に戻った。


 つまりは貧乏のせいもあるが、カネがあっても変わらん気がする。
 堀江被告のように日々の飯を画像添付で公開する甲斐性もなかろう(よほど書くことがなかったのか。億万長者の時代の寵児が、世界中に発信するプライヴェート・オピニオンが、今日の美食(画像添付)とは、これまた悲しく貧しい話)。
 私の生活のオプションに、食事というコマンドは、基本、ないらしい。そもそも私の人生のオプションに、生活というコマンドが、ないようなのだが。


 私は自分こそ味痴だと、誇りを持って宣言し得る。


 で、当たり前だが、カナヅチが音痴がいるように、味痴もいるし、いていいのである。
 そして恥も外聞も知らない堀江が恥じなかったように、別に恥じる必要もないのだ。
 カナヅチを軽蔑するトビウオの話を、音痴を軽蔑するディーバの話を、寡聞にして私は訊いたことがない。
 人間の特技や才能など、およそすべて畸形的なものだ。


 たとえば……誰でもいいが菊地つながりで言えば、たとえば菊地秀行のファンが、「もっと文学的な深みのあるものを読めばいいのに」と言われたら、激怒モノだろう。
 そして、その激怒は正しい。
 「「文学」とやらは善か」「文学的な「深み」とやらも求めてない」その反撥も正しい。
 しかし、感性と品性の神を司る審美主義者は罪人の戯言ごときではビクともしない。真善美の審判のもとであなたは「文痴」と判定され断罪され、ヘタすりゃ文盲扱いされて一蹴され終わりである。
 正義は常に文化資本を持てる者、審美の神の代理人の側にある。 


 …………


 私は文字通りの意味で、またセンシティブな意味でも、耳が悪く、音楽への感受性はおよそない。
 CD買わんし、歌番組見て歌謡曲口ずさんで終了。まことに貧しい。だから当然音痴。で、それが何の問題だというのか。品性を疑われ、人間性を腐され、日陰をうつむいて歩かねばならないような、致命的な恥なのか。


 ま、要するに、「食」の問題だからである。


 はっきり言うが「食」の問題は微妙である。文化的ディスコミュニケーション、そして差別性の問題に直接繋がるからだ。
 ここで言う差別とは、食肉処理をめぐるような話ではない。
 その人から出された料理に、箸をつけるか否か。
 こうした選択において、当人の差別感情が噴出するような、より根の深い人間の根源にかかわる問題のことである。
 あいつの出すものなんか食えるか、この判断に差別意識が付随しないなどとは言わせない。どんなありえないものを出されたとしても。
 そしてそのやましい感情を正当化するために、人は「品性」などという最悪のマジックワードを口に出す。
 佐川一政の煎れたコーヒーに口をつけなかった編集者はひとりふたりではない。
 食人の過去を持つ者が生理的に嫌なら、家まで訪ねて仕事の依頼に来るべきではない。
 その禁忌的な感覚を巧く突いて一編のルポに仕上げたのが、辺見庸のベストセラー「もの食うひとびと」である。奇しくも同書にも食人のエピソードが登場するのは、故なきではない。


 ここで話は冒頭の知人に戻る。
 彼の「想い出の味」は、子供時代の記憶と密接に繋がっているのだと、その「料理」の内容を聞いて思った。
 そして彼の舌は、ひどく粗雑で鈍感で貧しい。
 私は、思ったし、彼らにも言った。
 彼は可哀想な人なんだ。


 たとえば、私だけではないだろうが、小学校時代の給食に再三出た、揚げパンやすいとん、あの貧しい味を懐かしいと思ったことはないだろうか?
 言うまでもなく、戦後40年を経ていようと、揚げパンもすいとんも、明確に戦争の敗戦の名残である。そのこと自体が、どうしようもなく貧しい。
 そしてその甘美な幻影の貧しさこそが、戦後40年を経ていたはずの、当時小学生だった私達の記憶である。
 それはいうならば、あの有害菓子「チクロ」の甘い記憶。
 むろん、貧しいし、あるいは哀れなことである。
 その知人は、貧しい可哀想な人だったのだ。


 貧しさとは、むろん経済的なことではない。
 記憶の貧困は、いかなる物理的な状況によっても贖えないし、またそれに帰せられるものではない。
 そしていかなる記憶の感性の貧困下にあろうと、いや貧困下にあればあるほど、燃え残った数少ないマッチの、その小さな想い出の焔は、蒼く輝き、当人ただひとりを暖める。そのかすかな焔にわずかな薪をくべて、貧しい可哀想な人間はかろうじて生きていくのだ。

 
 私がそうであるか、それを言明するのはフェアであるまい。
 しかし豊饒ならぬ自分の貧しさと、そのわずかなる記憶の資源と、記憶の宴を開けぬ素寒貧の自身と、いかに巧妙に付き合っていくか=それは宴の主役になれない廃兵達の、課題であり債務であり闘争である。


 そう。唯心論的な階級闘争


 ブルジョワ的な慈悲とやらを込めて「品性」などと抜かし、我ら精神のプロレタリアートを軽蔑する精神の資本家どもを、溶鉱炉宮台真司・笑)に放り込め!溶鉱炉に赤色旗の翻る日は近いぞ!


 食は危険だ。それは触れると爆発する信管だ。
 先述の福田も菊地も、自分が信管を抱いて寝て弄んで愛撫していることを、その「危険な遊戯」のシリアスさを、自覚している。


 ついでに言えば、「食」と同様に、あるいはそれ以上に厄介で危険な地雷が「性」である。
 食と性が人間の根源性を規定するのだという通説は、どうやら正しいらしい。
 しかしそれは巷間言われるように「本能」に由来するものではなく、その逆、楽園の林檎を喰って「人間」となった人間の、その代償と影、つまり「原罪」に由来するものである。
 人間が人間であることの罪、人工性が規定する闇、つまりは=人間的な、あまりに人間的な病なのだった。
 「性」については深入りできないが=当座の結論。


 食と性。エピキュリアン的な貴族主義から人を裁断し断罪する行為は「精神の貧乏人」が跋扈するこの世では、大きなリスクと覚悟を伴う。
 せめてオスカー・ワイルドのように、腰縄付けて牢屋行き、そのくらいの気概とマヌケを見せてくれ「精神の貴族」(澁澤龍彦)諸君!  
 

 夏目房之介はかつてエッセイで「食」のオプションを持たない味痴どもとは友達になれないと記していた。
 敬愛する相手と、席を同じくできぬ、私は不倶戴天の敵なのだろうか?