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灰谷健次郎 - Wikipedia


私は彼の言動にまつわる色々な話を耳に入れている。毀誉褒貶著しい作家性についても了解している。しかし。数年前であったか(新潮社から版権を引き上げてのち)角川書店にて再刊された文庫の『太陽の子』を書店でふと手に取り、懐かしい、とおよそ10年振りの再々読であったが冒頭の頁をめくりだした途端、ふと気が付けば3時間、立ちっ放しで涙ぐみながら読了していたのであった。買わなかったのは理論社版が実家にあったためで、そして理論社版は私の引越しと共に現在自室の奥にある。奥過ぎて手に取れない。後で探すだろう。


当時の私はすでにひねくれたいい大人であったが、ひねくれきった大人はかえって泣く行為に抵抗がなくなるという事実を、今の私は知っている。自らの涙が虚偽であることを知っているから。自らの涙を真実として無関係な人間に伝えることは難しい。ましてそれが他人の涙であるならなおのこと。『太陽の子』において灰谷健次郎が賭けていたのは、自らの信じる涙の真実を他人に伝えることであった。それが多く空転したとしても。涙の代弁は、そして「痛み」に寄り添うことは、難しい。


いい齢こいた私が再々読した『太陽の子』。最も個人的に打たれたのは、心的疾患を抱える者を近親者に持つ、その家族の苦しみであり苦しみと共にある日々の日常であり、決して日常に埋葬し得ない少女の不安であった。そして戦後の平時において個人の内で戦場が回帰する。結末については記さない。とまれ、あの日の一読者が流した虚偽の涙を一本の香として、作家の冥福を。


太陽の子 (角川文庫)

太陽の子 (角川文庫)